rhのブログ

日々思ったことについて、書くかもしれない

株とビットコインについての小学生並みの知識をアウトプットする

 「株式」って何なのか。今自分が理解していることを書いてみる。きっと間違いだらけだと思う。俺は雰囲気で文章を書いている。

 会社が株式というものを売る。その会社が利益を上げたら、株式を買った人にお金が配られる。実にシンプルなシステム。

 株式市場で株を売っている会社が株式会社。昔は有限会社というのがあったけど、今は無くなったらしい。

 株で儲けたり、株で損をしたりする人がいる。その利益・損益はどこから生み出されているのか。

 それは、「これから成長する会社に投資した分の見返り」なのだろう。多分。だから決して無から有が生まれているわけではない。多分。

 株式投資はギャンブルではない、とやたらと主張したがる人が一定数いる。多分そのとおりなんだろう。

 でもFXというやつはヤバイらしい。なんでも自分の持ってないお金を前借りして投資できるらしい。それって借金して株やってるのとどう違うのか。

 

 さらに最近はビットコイン、というやつも出てきている。

 なんでも正体不明の日本人開発者が作った「ブロックチェーン」という技術を使った、仮想通貨らしい。

 ビットコインは、他人から貰わずに手に入れることができるらしい。自力でビットコインを入手することを「マイニング」と呼ぶそうだ。

 なぜそんなことをできるかというと、そもそもビットコインとは「これは正しいビットコインです」ということを証明するためにコンピューターをガンガン動かして計算する必要があり、その計算を自分のコンピューターで行うことで、晴れてビットコインを入手できるらしい。

 個人でマイニングを行うことも出来るが、電気代や通信費を差し引くと大幅な利益を出すのは難しく、大きな企業が莫大な量のコンピューターと電力を使って日々マイニングを行っているらしい。それってちょっと資源のムダ使いな気がする。

 円やドルと同じように、ビットコインもその需要によって日々価値が変動している。そして現在ビットコインの価値はうなぎのぼりで上がっているらしい。

 これに対して、「バブルだ」という人もいるし、「バブルじゃない」という人もいる。

 少なくとも今、ビットコインを日常で使うのは難しい。ビットコインで電車に乗ったりコンビニで買物することは出来ない。ビックカメラでは使えるらしいけど。

 要するに、使い道のないものの価値がぐんぐん上がっているわけで、その状況をバブルと呼ばずになんと呼べばいいんだろう。よくわからない。

ニコニコ動画ユーザーのゲーマーがniconico(く)発表会について思うこと

 2017年11月28日、niconico(く)の発表会が行われた。そしてネット上では大不評の嵐が吹き荒れた。

 ユーザーが最も望んでいる「画質の向上」「重さの改善」といった要素を先延ばしにし、なんだかよくわからないゲーム機能や、生放送のオープニング・エンディングの自動作成機能など、ハッキリ言ってどーでもいい内容の発表に終止したのだから、荒れるのも当然だろう。

 発表会に必要なのは、いかに聞く人をワクワクさせるか、なのだろうと思う。良くも悪くも。その意味でスティーブ・ジョブズは天才だったのだろう。よく知らんけど。

 逆に言えば、口八丁手八丁で聴衆を納得させられれば実際の発表内容なんてどうでもいいのかもしれない。

 しかしその観点から言っても、今回のニコニコ動画の発表会は二重の意味で最悪だった。発表内容も最悪だし、発表者の語り口もやはり最悪だった。逆にスゴイ。むしろ面白みすら感じるレベル。

 

 自分は確か2010年頃からニコニコ動画のプレミアム会員だったが、半月ほど前にやめている。

 理由は単純にお金の節約のためで、無限にお金を持ってたら今でもプレミアム会員を続けていると思う。別にけものフレンズの件も今回の件も関係ない。

 昔は動画を投稿していた時期もあったがそれもやめたし、生放送は画質が悪すぎるのでYoutube・Twitch・Openrecなどを見るようになった。なのでプレミアムをやめて困っていることは今のところほとんど無い。

 ゲームのプレイ動画だけは未だにニコニコ動画を見ている。未だに面白い動画が上がっているのは、コメント機能と、これまでユーザーが培ってきたプレイ動画の文化のおかげだろう。エコノミー画質になることもあるが、元の画質がそんなによくないので大して気にならない。

 逆に言えば自分にとってのニコニコ動画のアドバンテージはそこしか無い。もし新たにニコ動同様のコメント機能付きの動画サイトが出現して(画面上に流れなくても、再生時間に連動したコメントが横に出るくらいでも十分だと思う)、そこに面白い動画投稿者が移動するようなことがあれば、自分にとってのニコ動は完全に終了するだろう。

 

 それ以外の機能に関して色々言われていることは、現状では別に気になっていない。単に使っていないから知らないだけだと思うけど。

 ニコニコ動画の現状について、「単にお金が足りないからうまく行かないんじゃないか」と言っている人もいるが、お金よりも人を大事にしなかったツケが回ってきてるのではないか、と個人的には思う。

 エンジニアが逃げ出しているという話も聞くし、ある実況者はドワンゴ内部での経験を非常に苦々しく語っていたりした。とにかくいい噂を聞かない。

 ニコニコ動画スマホアプリのクオリティは本当にひどく、なにしろ未だに「全画面表示」のボタンすら搭載されていないほど。そんな状況が放置されているのは、金というより単にアプリの仕様を理解し改善する人員が足りないせい、と考えるほうが自然だろう。

 

 会長のK氏は自著で「炎上してナンボ」的なことを語っていたので、今回の発表会への反応もある程度想定内だったのだろう。なのであの発表会についてこれ以上に何か言う気は起こらない。

 しかし、以前だったらあんな発表があれば、運営を叱咤する動画が大量にランキング上位に上がってきたに違いないのだが、今回はそんな動きもあまり見られない。もはや運営に文句を言って盛り上がるほどの活気も残っていないのかもしれない。

 おそらく今後も右肩下がりでニコニコ動画は続いていくだろうが、経営が立ちゆかなくなったら一気に閉鎖、なんてこともありうるだろう。そうなったら少し寂しい。寂しいけど、運営の自業自得だろうな、とも思う。

格闘ゲームとメンタルトレーニングにまつわる随筆

 最近某プロ格闘ゲーマーがメンタルトレーニングを取り入れていることを公言している。そのことに関して少し書いてみたい。

 と言っても自分の格闘ゲームの腕は「わりと真面目にやって中級者程度」という残念なレベルだし、メンタルトレーニングに関してはズブの素人。

 なので以下はあくまでも「素人が思ったことを適当に書いたもの」以上でも以下でもない、ということをあらかじめ了承していただきたい。そんな文章読む必要あるの? と思われる方。多分正解。

 

 そもそもなぜこのテーマで書こうと思ったか。

 それは最近、格闘ゲームと向き合う際の「メンタリティ」について、あることを意識しだしてから、以前よりも少しだけ勝てるようになり、なにより格闘ゲームが楽しくなってきたから。

 そのメンタリティとはどんなものか。

 

 わざわざ「メンタリティ」なんていう横文字を使ったが、僕が言いたいのはそんなに難しいことではない。「気分」や「気持ち」と言い換えてもほぼ間違いではないと思う。

 以前から自分は、どんな気分や気持ちで格闘ゲームをプレイするのが正解なのか、あるいは正解に近いのか、ということを考えてきた。

 気分を高揚させるべきか、あるいは鎮静させるか。緊張すべきか、あるいはリラックスすべきか。負けて悔しいと思うべきか、あるいは全然悔しくないと思うべきか。それらのバランスを取るべきなのか。

 もっと簡単に言うと、「熱くなるべきなのか、クールでいるべきなのか、それともそのバランスが重要なのか」という問題。

 

 個人的な経験で言うと、熱くなったほうが反応速度が速くなるがミスが多くなり、クールだとその反対になる、と思っていた。そしてそのバランスを取ろうとするのはとても難しかった。

 ちなみに自分は学生時代に運動系の部活と文化系の部活を両方経験しているのだけれど、運動系ではとにかく熱くなることを求められたが、文化系ではむしろリラックスが大事だと教えられたように記憶している。

 

 少し話は変わるが、近年流行しているメンタルトレーニング法に、「マインドフルネス」というものがある。

 その理念をものすごく大ざっぱに言うと「ひとつのことに集中することで雑念を無くす」というもの。

 某プロゲーマーがメンタルトレーニングをしていると聞いて、最初に自分が思い浮かべたのがマインドフルネスだった。実際に某プロが実戦しているかどうかはわからないけども。

 実を言うと自分も以前からマインドフルネスには興味があった。より正確に言うとマインドフルネスの元になっていると言われる「瞑想」に。

 ちなみにそのきっかけは「スティーブ・ジョブズがやってたらしい」という、おそらくこの世で一番ミーハーな理由だったりする。

 

 話を戻すと、以前から格闘ゲームと向き合う際のメンタリティに悩んでいた自分は、下手でも下手なりにマインドフルネスを格闘ゲームに取り入れることができるんじゃないか、と考えた。

 で、格闘ゲームにおいて「ひとつのことに集中する」場合、具体的に何に集中すべきか、と考えた。

 そして自分なりに考えて出した結論をひとことで言うと「いいプレイをする」ということだった。

 対空や差し返しをすること。相手の動きを読むこと。読まれない程度に自分から攻めること。リバサ行動等を正確なタイミングで出すこと。コンボを決めること。

 そういった、ゲームを有利に導く具体的な物事について考えること、つまり「いいプレイをするにはどうすればいいか」に意識を集中すること。

 そして「勝ちたい」とか「勝たなきゃ」とか「負けたらどうしよう」とか「負けて悔しい」といったような、雑念はなるべく持たないようにすること。

 「いいプレイをすること」に集中し雑念を捨てるため(マインドフルネスの手法に則って)なるべくリラックスすること。

 

 そんなようなことを意識し始めてから、少しだけ自分のプレイが変わった、と思う。

 まず、時々自分でも思っていなかったようなプレイで試合を有利にしたり、結果的に勝利したりすることが増えた。

 練習でやったことのない対策やコンボが無意識に出来るととても楽しい。あるいは、「やってないのに出来た」ということそのものを認識できるようになったのかもしれない。

 それから、今までやったことがないことに実戦でチャレンジしてみようと思うようになった。

 ここでこの技を振ったり、この起き攻めをすればもしかしたら上手くいくかもしれない、というときに実際にやってみることが多くなり、実戦がより実りのある物になっていると思う。「負けたくない」と思わないようにしているのがプラスに働いているのかもしれない。

 

 これらの成果なのかどうかわからないが、以前よりも少しだけ勝率が良くなりランクを上げることができた。

 そしてなによりも、格闘ゲームをプレイするときのストレスが少なくなり、単純に格ゲーが楽しくなってきた、ということが一番大きな変化。

 勝てた時は自然に喜びがこみあげてくるし、負けて悔しいと思うよりも「あのときあのプレイをしたほうがよかったな」という反省点がスッと思い浮かぶだけで、嫌な気分にならなくなった。

 

 ご存知の通り人間の気分は変わりやすいので明日には別のことを考えるようになっているかもしれないが、とりあえず今意識していることとして、ここに記しておく。できればこの状態をキープしてプレイしていきたいところ。

 なんだか全体的に自己啓発じみた文章になってしまったが、対戦ゲームで上達したい人はメンタルについて意識してみると何か変わるかもしれない。

 ただしそっち方面の技術を洗脳に悪用しようとする人がいる、という話も聞いたことがある。うっかり変なセミナーにハマったりしてしまわないよう注意。「対戦ゲーム向けメンタルトレーニング」なんていうセミナーはまだどこにも無いと思うけど。

姿勢を意識したら首こりが良くなった話

 ここ2週間ほど、首がパンパンにこっていた。パソコンやスマホの使いすぎが原因だと思っていたが、叩いても揉んでも治る気配がなかった。

 姿勢が悪いのも良くないのではないか、と思い、昔読んだ健康本やネット記事を思い出しながらいろいろ試したがやはりダメだった。

 が、姿勢についてあることを意識するようにしたら、格段に首こりが改善された。

 そのひとつが「骨盤を立てる」ということ。

 ソファーにダラッと寝た姿勢が「骨盤が寝た」状態。逆にいい立ち姿勢を取ろうと腰を反りすぎてお尻が出てしまったような状態が「反り腰」の状態。

 「骨盤が寝た」状態と「反り腰」の中間、ちょうど良く自然な骨盤のポジション。これが「骨盤が立った状態」。

 そしてもうひとつ意識したことが、「肩を落とす」ということ。

 スマホやパソコンばかりやっていると、猫背になり、肩甲骨が離れてしまう。

 それと同時に、肩が上がった状態、いわゆる「怒り肩」になる。

 骨盤が立って背骨が自然なカーブを描いた状態だと、「怒り肩」傾向が改善される。

 そこでさらに肩の力を抜き、自然に肩を落とす。ただしムリに力んで肩を下げたりしてはいけない。

 

 「骨盤を立てる」「肩を落とす」この二つを意識すると、首の力みが自然に取れ、だんだんと首こりが無くなっていった。

 実は以上の身体操作は、ごく個人的に座禅の勉強をしていた時に学んだものだった。

 

禅―心と体が綺麗になる坐り方

禅―心と体が綺麗になる坐り方

 

 

 例のスティーブ・ジョブズとかのアレで一時期座禅が流行った時に、本を読んだりして自分でやってみたのだ。

 結局座禅はすぐに飽きてしまったが、それがこんな形で活きるとは思わなかった。

 っていうか座禅をやっていた当時も「この姿勢だとコリがラクになるなぁ」と感じていたような記憶がある。あまりにも記憶力がパー。

 というわけで、首こりに悩んでいる人は「座禅の姿勢」を意識してみるといいかもしれない。

 ただしこれは自分と同じような姿勢の歪みによる首こりの人にしか効果は無いかもしれない。

格闘ゲームとe-sportsについての雑記

 プロ格闘ゲーマーの動画をYoutubeなどで見る。ウメハラが地上波に出たり、ときどが経済関係の番組に出たりしている。

 ラジオを聴く。アルコアンドピースが板橋ザンギエフの話をしていたりする。

 時代は変わった、のだろうか。e-sportsの波が来ている、のだろうか。

 現実的に見れば、日本で、あるいは世界で格闘ゲームが最も盛り上がったのは、ストリートファイター2からバーチャファイター2あたりの時代、つまり90年代前半〜中盤頃なのかもしれない。売り上げ的にもメディアでの取り上げられ方的にも。

 e-sportsとして見ても、格闘ゲーム業界の規模はMOBAやFPSなどと比べれば相当小さい。プレイヤーの収入という観点から見れば、桁1つは違っているらしい。

 格闘ゲームにはまだまだ盛り上がる余地がある、のだろうか。

 

 『3月のライオン』というマンガがキッカケで、将棋に興味を持った。

 独学で少し戦法を学んだり、詰将棋アプリで遊んだりした程度だが、将棋と格闘ゲームには共通点がある、と思う。

 自己研鑽。駆け引き。戦略性。

 将棋について知るまでは、年々ゲームルールが変わっていく格闘ゲームと、永久的に変わらない将棋はちょっと違うな、と思っていた。

 しかし将棋の世界には戦術の流行り廃りというものがあり、日々新たな戦術が開発され、同じようにそれに対する対策が考案されるといういたちごっこが繰り広げられている。

 そういうのって、格ゲーのルール変更に似ているかもしれない。

 

 そして将棋も格ゲーも敷居が高い。それはもう、ムチャクチャに高い。なにしろやる人の実力がダイレクトに出るわけで。

 でもその分、努力の結果が反映されやすく、成長を実感しやすい。脳の報酬系をダイレクトに刺激してくれる。ギャンブルみたいにお金もかからない。時間はムチャクチャかかるけど。

 今はネット対戦の普及で、自分と同じくらいの強さの人と簡単に戦えるようになった。

 にも関わらず、格闘ゲームはあんまり流行ってない。なぜだろう。

 一番に思いつくのが、ハードルが高すぎる、間口が狭すぎるという問題。

 ゲームセンターが衰退の一途を辿っている現在、格闘ゲームを始めるには家庭でプレイできる環境を整えねばならない。

 ゲームハードを買い、ソフトを買い、ネット環境を引く。これだけでも人によっては難しい。今どきテレビが無い家も珍しくないらしいのでモニタも必要だし、本格的にやるならスティック型のコントローラーも要る。

 買おうと思えば100円ショップで盤と駒が買える将棋と比べれば大幅なディスアドバンテージである。

 

 それを乗り越えて格闘ゲームをプレイし始めたとして、今度は最初の一回勝てるようになるまでの道のりが果てしなく険しく、更にそこから上達するためのルートを見つけるのも途轍もなく難しい。

 RPGのように攻略本を読めば誰でもクリアできるわけではない。もちろんそれなりのセオリーはあるのだが、ただプレイするだけではそのセオリーにたどり着くことすら出来ない。人に聞く、ネットで調べる、自分で調べるなどせねばならない。

 そしてある一定のレベルに達すると、今度は自分自身に足りないものを自分で探し出す作業となる。

 自分との戦い、と言えば聞こえがいいが、あまりにもストイック過ぎて普通の人はそんなことやってられない、となるのが普通。何しろ普通。

 

 それ以前に、格闘ゲームのタイトルを制作するメーカーがちゃんとしてくれなければいけないのだが、最も主要なタイトルであるストリートファイター5があの有様。

 「対戦は面白いのにソレ以外がダメすぎる」と言われ続けてはや一年。一向に改善の気配が無い。

 他のタイトルはそれなりに頑張っている印象だが、現状で格闘ゲームのプロといえばKOFブレイブルー、鉄拳などで数名いる他は全てスト5プレイヤーに集中している。

 なによりストリートファイターには「格ゲー=ストツー」という圧倒的なブランド力がある。なのにアレがアレ。武井壮もやめちゃったし。

 まぁ大元がちゃんとしてないという点では現在の将棋界に似ていなくもないかもしれない。似ていたって良いことなんて一つもないけど。

 

 本気で格闘ゲームを流行らせたいなら、「日本格闘ゲーム協会」みたいなのを早急に作った上で、全国のアミューズメント施設で無料でスト5の快適なオンライン対戦を遊べるようにする、くらいの勢いが必要なのかもしれないけど、道のりが遠すぎて気も遠くなる。

 でもホント、格闘ゲームって面白いんだよ。見るのもやるのも。ということだけはお伝えしておきたい。

 

追記

 格闘ゲームの今後について3月のライオンと絡めて記事にしたら、翌日ウメハラがbeasTVで同じような話をしていた。プロゲーマーのレッスン問題があった直後なので十分ありえることではあるが、あまりにも奇遇だったので記念にその旨を記しておく。

ネット配信のバラエティ番組が面白くなってきている

 最近、自分好みのネット配信のバラエティ番組が増えてきている。

 以前からAmazonプライムビデオで『内村さまぁ~ず』などを観ていたのだが、最近になって『ドキュメンタル』が配信され、テレビCMがやるなどちょっとした話題になっている感がある。

 

  内容に関してはちょっとばかし言いたいこともあるのだが、あのダウンタウン松本人志がネット配信限定の番組をやったというだけでも、時代の流れを象徴した出来事だと言えるだろう。

 で、最近自分が見ているのは、まず『ぶらり路上プロレス』。博多大吉がメインの旅番組というテイで、DDT所属のレスラーたちが路上プロレスをするという番組。

 

  いかにもプロレスらしいケレン味とくだらなさで、いつまでも観ていられる。プロレス好きの大吉がイキイキしているのも実に良い。地味に旅をするレスラーがだんだんバラエティ慣れしているメンバーに替わっていっているのがなんか面白い。

 

 もうひとつAmazonプライムでは『有田と週刊プロレスと』。プロレスでかぶっているのはたまたまである。

www.amazon.co.jp

 プロレスマニアの有田が、プロレスを知らないゲストの芸人に、プロレスを通して人生のアドバイスをする番組。僕自身、半端なプロレス知識しか持ち合わせていないので実にタメになる。

 どちらも「芸人がやりたいことをやっている」という印象があり、そのおかげか観ているこちらもストレスが溜まらない。ネット配信ならではという感じ。

 

 それとAbemaTVがYoutubeに公式で番組を上げており、たまに見てしまう。全体的にアッパーなノリで若者向けなのだが、好きなタレントが出ているとチェックせざるを得ない。

 かつてはネットがテレビに勝つ日が来るのか、なんてことが言われていたような気がする(要出典)が、現実はと言えば、テレビ番組に出るタレントがネット配信の番組に出るようになっており、果たして誰が勝者なのかわからなくなってきているが、まぁ現実ってそういうもんだよね。

 なんてことを考えながら、今日もネット配信の番組を見る。テレビも見る。それなりに。

自分の頭で考える、ということについて少しだけ考えた

 かつて「自分の頭で考えよう」と盛んに言っていたブロガーがいた。

 最近はプロゲーマーとの対談本を出したりしている。

 ゲーム全般に興味がある僕は、本屋でちょっと手に取ってみたが、結局買わなかった。

 なぜ買わなかったかというと、そのブロガーが書いたブログを何度か読んだことがあったし、対談相手のプロゲーマーが書いた本も読んだことがあったからで、それらで書かれていたのと大体同じようなことが、その対談本にも書かれていたように感じたからである。

 果たしてこの結果は、僕が自分の頭を使って考えた結果なのだろうか。別にそんなことはどうだっていいんだけれども。

 

 そもそも「自分の頭で考える」ということが可能なのかどうか。自分にはよくわからない。

 なにかしらの考えが頭に浮かんだとして、果たしてそれが自分の頭から生まれた考えなのか、それともどこかから入ってきた誰かの考えを、自分の考えであると錯覚しているだけなのか、よくわからないし。そもそも自由意志というものがあるのかということから考えなければならない気がしてくるし。

 ここまで書いてきて、語の重複がやや多いのは、わざわざ同義異語(という言葉は今僕が考えた)を考えるのが面倒だからそのままにしているからなのだけれど、これは自分の頭を使って考えていると言えるのだろうか。別にそんなことはどうだっていいんだけれども。

 

 とはいうものの、「あ、今自分の頭で考えたな」と感じることは僕にもある。

 そして、そのようにして考えたことを実際に行動に移して、それがいい結果を出すと、気持ちいいな、と感じる。

 そして、そんなような成功を、僕よりもずっと大きな規模で何度も繰り返しているからこそ、くだんのブロガーは「自分の頭で考えよう」ということを繰り返し吹聴していたのだろう。

 気持ちのいいことを、気持ちのいいこととして周囲に喧伝して、それを真似した人たちが同じように気持ちよくなるのだとしたら、それはそれでいいことなのかもしれない。

 でも、自分の頭で考えているつもりで、気がついたら誰かの考えを自分の考えだと思い込まされていた、なんてことにならないように気をつけたほうがいいのかもしれない。どうでもいいけど。いや、よくないかな。