rhのブログ

日々思ったことについて、書くかもしれない

「基本無料」のゲーム・YouTuberについて思うこと。

 基本無料のゲーム。無料で視聴できるYouTuber。気がつけばそういうものばかり利用している自分がいる。

 タダだから、という側面はある。大いにある。でもそれだけじゃない。

 基本無料のものが人気を集めるようになっている。それもナンバーワンクラスの人気になることが珍しくなくなっている。ゆえにトレンドを追いかけようとすると、基本無料のものを無視することができなくなっている。

 基本無料のものは大抵そのほとんどの部分を無料で楽しめる。コレが無料でいいの? と思うほどのお得感。

 しかしそのお得さは、何割かの課金者によって支えられているものだ。無課金者が課金者に転向するのは、そのような構造に対する後ろめたさも要因なのかもしれない。

 無課金・微課金であることの後ろめたさ。重課金者を見かけた時の「そんなに熱心にならなくても……」という気持ち。天井なしにお金を注ぎ込めてしまう「課金」というシステムそのものへの是非。

 そういった複雑な気持ちを抱えながら今日も基本無料サービスを使っている。

 おそらく生活に困らない程度に裕福な人たちには全く別の景色が見えているのだろう。従来型の買い切りシステムに加えて、良質なサブスクリプションサービスが世にはある。

 そう考えると、基本無料サービスの重課金者になっている人は、本来重課金するほどの余裕がない人が多いような印象が無くはない。いわゆる「なけなしのお金」を基本無料のサービスに注ぎ込む。あくまで個人的な印象だけれど。

 自制心の弱い人ほど課金してしまうという意味でギャンブルと通じている。そういうものが敷衍したネットの世界。こんな風になるとは思わなかった。こんな世界にいるということを自覚してネットワールドをウォークしていきたいものだ。なんで最後だけ英語になった。